このお家は、この当時築80年。
「ぼろぼろで、ネズミがいっぱいで、きっとシロアリもきてるし、瓦もうねって、この家は今にも崩れそうです。危なくて怖くてもう住めません。新築したいので壊してください」
2007年のことです。
その後、解体をしたものの、いろいろあってこの土地に家は建ちませんでした。お母さんは、息子たちがこの地を出て自分は一人暮らしだからと、隣の安普請の離れに住み始められました。一人で4DKあるからいいんだと頭では割りきっておられたものの、この家がなくなってしまった寂しさをずっとずっと抱えて暮らしていらっしゃいました。
あの時のお母さんに、「古民家鑑定をしましょう。古民家耐震診断でもっとここに住み続けましょう」と言えていたら。自分たちにもっと知識や説得力があったら。その思いは今も頭を巡って離れません。
なぜなら、家のたたずまいとその空間を、晩年にさしかかった人から奪うのはとても残酷なことだからです。家族や友人が減っていく中、慣れ親しんだ場所さえ無くなるのは、たいへん過酷な経験です。
私は、古民家という情緒や文化を守りたい以上に、施主さんの思い出や残りの人生の伴侶である「住処」を守りたいと思っています。市役所に「古民家専用の再築基準を作ってください」とお願いに上がっているのは、そのためです。
建築基準法にのっとっていないから、「既存不適合」であるとされる古民家。
救えるのは、建物耐震化による人命という単純なことではありません。人はパンのみにて生きるにあらず。建物を情緒とともに救えなければ、古民家を再生したとは言えないと思っています。