安土桃山時代から続く旧家「安藤家」。通称池田屋さんを、当支部の理事2人が引き継ぐ事になり、2021年12月24日引き渡しを受けました。
もともとは造り酒屋だったこの家には、「宝暦3年(1753年)」の台帳が残っています。明治の書簡が出てくると「あ、これは新しいね」と家人が仰るようなお屋敷です。
現在は「すのまた脇本陣」として、地域の観光スポットにもなっています。築140年の建物ですが、江戸時代以前からの古材も多く使われており、貴重だとして平成22年には、大垣市景観遺産に選ばれています。
実はこの家、この1月に空き家になる前から家の継ぎ手を探しておられた御子息より、「いざとなったら」と、相談を受けていました。
東海最大手の不動産企業の役員でもあるご子息は「家のつくりから見て、通常の(プロの)感覚では家を壊して土地を売るしかないが、なんとかして家を遺して活用してくれる先はないか」とお探しになったのだそうです。当協会を見込んだ銀行さんを通して、無事にお引き受けの運びとなりました。
「こんなに近いところにいい人があった」と言ってくださいましたが、というのもこの池田屋さんは、私の実家の目の前のお屋敷なのです。織田信長の頃からの書簡も見つかっているこのお屋敷では、当時から名字帯刀が許され、住んでいる方もちょっと現実離れした、乳母日傘のお姫様のようなおばあさんでした。父からは、自分たちのような庶民とあの方は違う。優しい方だから対等に話していただけるが、私たちとは違う高いご身分の方だよと言われて育ちました。
目の前に、木戸を1つ隔ててこんなに違う世界観が広がっている一種のファンタジーは、とても夢がありました。
ですから池田屋さんでお酒を買ってきて、と頼まれると、子供心にも、身分違いの場所に足を踏み入れる、ワクワクドキドキ感がありました。カラカラと玄関の引き戸を開けると、高らかな歌うような声のお母さんが出てきて、「あら、良子ちゃん、いつもおつかい、えらいわね。お酒を2本ですか。どうもありがとうございます。重いから括っているものをお出ししますね。はい、どうぞ。気をつけて帰ってくださいね。どうぞ、またいらしてね。」
と終始ニコニコとされました。確かに、普段の雰囲気とは何か違うのです。
自分の「歴史あるものへの敬意」は、この建物と、あの上品な奥さんに育まれていたんだろうなと、気づきます。
原風景である場所を引き継げたこと、とても光栄です。
現在は、20人以上の地域のボランティアさんが「すのまた脇本陣」として家の軒先を公開し、春の「つりびな小町祭り」ではたくさんの観光客がいらっしゃいます。私の母の世代にあたる方々ばかりですが、きっとこの方々も、並々ならぬ思いでこの建物のお披露目に尽力されているのだと推測します。
2022年4月からは改装のため一旦休館し、また次の春までにはお目見えできるよう取り組みます。
一連の工事は、その都度公開できるよう発信していきます。こんな歴史ある池田屋の古民家再生、ご興味ある方はぜひご参加くださいませね。